手のひら てのひら −泰衡Side−
「今、なんて言ったんですか…?」
彼女の瞳が曇り、声が震えていくのがわかる。
「…元の世界へ帰れ、と言った」
わざと冷たく言い放つ。
彼女が、自分から離れていくように。
未練など残さぬように。
「嫌です! 私は泰衡さんと一緒にいたい…!」
「だめだ」
「どうしてですかっ!?」
声を荒げ瞳に涙を滲ませる望美に、泰衡の胸がずきんと痛んだ。
もう、自分たちに残された道はない。
その果てが見えた道に、この少女を連れて行くつもりはなかった。
最期を迎える瞬間を、別の世界の人間である彼女に与えたくはなかったのだ。
彼女には、帰る場所がある。
この腕の中ではない、別の場所が。
今にも泣き出してしまいそうな瞳で、望美がこちらを見上げた。
「私は…っ」
言うな、と泰衡は思った。
「私は、あなたの隣にいたい…! あなたと一緒に、戦い続けたい…っ」
その先を聞きたくはない、とそう思った。
彼女が何を言いたいのかはわかっている。
だからこそ、その続きを聞きたくはなかった。
あなたが好きだから。
いつでも一生懸命で、まっすぐで…純粋な少女。
その想いに泰衡は気づいていた。
いつしか同じ想いを抱くようになったから。
だが、この少女を愛おしいと思うからこそ…受け入れるわけには行かなかった。
生きていて欲しい。
ただ、彼女が生きていてくれればそれでいい。
それが、今の泰衡にとってのただ一つの願いであった。
「いっしょに…居させてください…!」
「…女子など足手まといだ」
「足手まといになんてなりませんっ! 私は…っ」
「くどい!」
何を言ってもめげない望美に、泰衡は自分でも驚くほどに声を荒げた。
「…八葉たちは、どんな状況でもその身を呈して貴女を守るだろう。
それは時に致命傷となりかねん」
もう、これ以上言わせるな…とそう思いながら言葉を続ける。
もうこの世界に、神子は必要ない。
彼女の傷ついた顔が見える。
その瞳から溢れた涙が、泰衡の胸を更に痛めた。
「わたし、は…」
「貴女は必要ない。さっさと元の世界へと戻られるべきだ。
そうでなければ、余計な犠牲者が増える」
追い討ちをかけるように続けた言葉。
自分を憎んでくれて構わない。
たとえ遠く離れていても もう二度と逢えないとしても。
ただ生きていてくれさえすればいい。
ただ、それだけで。
「…どうしても、一緒にいてはいけないんですか…?
その隣に居ることも、許されないんですか…?」
「……そうだ」
冷たい風が肌を掠める。
「…皆にはすでに伝えてある。貴女は早く帰ることだ」
泰衡は振り返らず、望美の横をすり抜けた。
振り返れば、抱き締めてしまいそうになる。
もう、離せなくなってしまう。
この手では、もう何も守ることは出来ない。
平泉も 大切な友でさえも。
だからせめて、この少女だけは 。
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「ここ、までか…」
傷ついた身体を片手で抱きながら、泰衡は大きく息を吐いた。
そのまま木に寄りかかり、空を見上げる。
雲ひとつない、きれいな青空。
だが、その視界すらもすでに歪んでいる。
ふいに、彼女の姿を思い出す。
最後に見た泣き顔しか思い出すことが出来ない。
どんな時も、彼女はいつも笑っていたはずなのに。
「…望美…」
泰衡がその名を呟いた瞬間。
一瞬、強い風が吹いた。
すると。
幻なのか、瞳を開けるとそこには彼女の姿があった。
「神子…殿…?」
そっとその手を伸ばす。
たとえそれが夢でも幻でも構わない。
その身体に触れたかった。
愛していた。
誰よりも、何よりも、大切だった。
「…望美…」
そっと名を呟き、
その手に温もりを感じながら泰衡はゆっくりと瞳を閉じた。
この手に残ったものは、
愛しい人が遺した優しい温もりの幻だけ。
泰衡Sideでございます!
なぜかこちらのが長くなってたり、暗めだったり、切なめだったり(笑)
望美Sideとあわせて読んで頂いたほうがいい感じでは、と思いますv
暗いけど、こんなんもありかなぁなんて思ったり。。。
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